春のGⅠシーズンが終わった。
日本ダービーがあり、安田記念があり、宝塚記念があった。競馬ファンにとって最も華やかな季節が終わりを迎え、これからは夏競馬の時間が始まる。
毎年この時期になると、競馬界の主役は少しずつ入れ替わる。
クラシック戦線を戦い終えた馬たちは秋への準備に入り、新たな条件馬や上がり馬たちが注目を集めるようになる。重賞の舞台から少し離れた場所で、新しいスター候補が静かに力を蓄えている。
そんな中、今週の東京競馬場に出走を予定している一頭がいる。
ダノンファンスターである。

まだキャリアはわずか1戦。
重賞実績もなければ、クラシックを戦ったわけでもない。
しかし、一部の競馬ファンの間ではすでに大きな期待を集めている。
その理由は大きく分けて二つある。
血統とレース内容だ。
まずは血統から見ていきたい。

父はキズナ。
説明不要の名馬である。
2013年の日本ダービーを制し、種牡馬入り後もジャスティンミラノ、ソングライン、アカイイトなど数多くの活躍馬を送り出してきた。
近年では日本競馬を代表する種牡馬の一頭と言っていい存在になっている。
そして母はファンスター。
こちらはオーストラリアでGⅠを制した実績馬だ。
さらに母父にはGalileo。
欧州競馬史に残る大種牡馬である。
その母系にはDanehillの血も流れている。
日本のキズナ。
欧州のGalileo。
豪州のファンスター。
世界競馬を代表する血脈が一頭の馬の中に凝縮されている。
まさに国際級の良血馬と言っていいだろう。
こうした血統背景もあって、市場での評価も非常に高かった。
当歳時のセレクトセールでは1億7600万円で落札されている。
もちろん、高額馬だから走るとは限らない。
むしろ競馬界には「高額馬の墓場」と呼びたくなるような歴史すら存在する。
期待された良血馬が未勝利のまま消えていくことも珍しくない。
だからこそ、本当に重要なのは血統書ではなく競馬場で見せた走りである。
ダノンファンスターのデビュー戦は今年3月の中山芝2000メートル戦だった。
時期としてはクラシック戦線が佳境を迎えていた頃である。
皐月賞へ向かう有力馬たちがトライアル戦を戦っていた時期に、ダノンファンスターはようやくターフへ姿を現した。
決して順調なデビューではなかったと言えるだろう。
しかもレース条件は厳しかった。
18頭立ての大外18番。
中山2000メートルは一般的に内枠有利とされるコースである。
さらにスタートでは立ち遅れた。
普通に考えれば苦しい競馬になる。
ところが、ダノンファンスターはそこで終わらなかった。
向正面で徐々にポジションを押し上げると、3コーナーでは中団付近まで進出。
大外を回りながらも手応えは抜群だった。
そして直線。
先行勢との差を一気に詰める。
残り200メートルでは先頭に立ち、そのまま後続を寄せ付けずゴールインした。
着差こそ派手ではなかったが、内容は明らかに着差以上だった。

見た目のインパクトも十分だったが、本当に興味深いのは数字である。
勝ち時計は2分00秒3。
さらにラスト1ハロンは11秒3。
この数字を見てもピンと来ない人もいるかもしれない。
そこで比較対象として挙げたいのが、同じ中山2000メートルで行われた弥生賞である。
ダノンファンスターの勝ち時計は、その弥生賞とわずか0.1秒差だった。
もちろんレースの流れも馬場状態も違うため単純比較はできない。
しかし、少なくとも1勝クラス未満のデビュー戦としては非常に優秀な数字であることは間違いない。
さらに興味深いデータがある。
過去10年の3歳3月以降の中山芝2000メートル戦において、
・勝ち時計2分00秒3以内
・ラスト1ハロン11秒3以内
この条件を満たした馬を調べると、一頭しか存在しなかった。
その馬の名はマカヒキ。
後に日本ダービーを制することになる名馬である。
もちろん、この事実だけでダノンファンスターがダービー馬級だと言うつもりはない。
競馬はそんな単純な世界ではない。
数字が優秀だから成功するわけではないし、逆に数字が平凡でも大成する馬はいる。
ただ、優秀な馬が優秀な数字を残すことが多いのもまた事実である。
重要なのは数字だけではない。
大外枠だったこと。
出遅れたこと。
そして最後まで余力を感じさせる勝ち方だったこと。
これらを総合的に考えると、ダノンファンスターのパフォーマンスには高く評価できる部分が多い。
だからこそ、競馬ファンの期待が高まっているのだろう。
今週の舞台は東京芝1800メートル。
広い東京コースは中山とはまったく性格が異なる。
本当に能力があるならば、ここでも強い競馬を見せるはずだ。
逆に言えば、今回が最初の試金石とも言える。
デビュー戦の走りは本物だったのか。
あの数字は偶然だったのか。
それとも、私たちがまだ知らない大物の誕生だったのか。
春のGⅠは終わった。
だが、競馬の物語は終わらない。
むしろここから始まる物語もある。
クラシックに間に合わなかった才能。
遅れて現れた良血馬。
そして、一戦だけで人々に夢を見せた末脚。
ダノンファンスター。
今はまだ条件戦を走る一頭に過ぎない。
しかし数か月後、この馬が大舞台を賑わせている可能性は十分にある。
だから私は今週、この馬に注目してみたいと思う。
未来の主役候補が、本当に主役になれるのか。
その答えが少しだけ見えてくるレースになるかもしれない。


コメント