その名も――
「横山ぽつん」
一見すると消極的、あるいは敗戦行為にも見えかねないこの戦法。
しかしその裏には、常識を超えた“騎手の哲学”と“馬への絶対的な信頼”が存在している。
その使い手こそ、デビューから40周年を迎え、地方を含めて3000勝以上を積み上げてきたレジェンドジョッキー、横山典弘である。
彼の騎乗スタイルは極めて独特だ。
スタート後、あえて位置を取りにいかず、馬のリズムを最優先に考え、流れに逆らわず最後方まで下げる。
他の騎手がポジション争いにしのぎを削る中、ただ一頭、ぽつんと離れた位置でレースを進めるその姿は、まさに異質そのもの。
だが、それこそが“横山典弘の真骨頂”。
無理に流れに乗せないことで馬の脚を完全に温存し、直線で一気に爆発させる。
その瞬間、他馬が止まって見えるほどの圧倒的な末脚が炸裂するのだ。
この戦法は、現代競馬のセオリーとは真逆と言っていい。
特に日本の競馬は「前有利」と言われることが多く、ポジションを取ることが勝利への近道とされている。
そんな中で最後方待機という選択は――
良く言えば“天才的”
悪く言えば“突飛”
そして何より、人気馬であっても一切躊躇なく実行する。
そのため、ファンの感情は大きく揺さぶられる。
レース中盤では「終わった…」という絶望。
そして直線では「来た!」という興奮。
歓声と悲鳴が交錯する、唯一無二の騎乗スタイル。
それが「横山ぽつん」である。
そんな伝家の宝刀が、先週の日曜・阪神7レース(4歳以上2勝クラス)で見事に炸裂した。
この日、横山典弘が騎乗したのは1番人気のマテンロウブレイブ。
単勝3.3倍と支持を集めた一頭である。
しかし――
スタート直後、その期待は一瞬にして不安へと変わる。
例のごとく、スッとポジションを下げる横山。
気づけば最後方。
第1コーナーでは、先頭から約10馬身差。
1番人気の馬がこの位置にいる光景に、場内は騒然とした。
「またやった…」
「さすがにこれは無理だろう」
そんな声が聞こえてきてもおかしくない展開。
向こう正面、そして3コーナー手前でも状況は変わらない。
依然として最後方。
しかも前との差は詰まるどころか、むしろ広がっているようにも見える。
誰もが諦めかけた、その瞬間だった。
4コーナーを回り、直線へ。
大外へ持ち出されたマテンロウブレイブ。
その瞬間、眠っていた脚が解き放たれる。
一完歩ごとに加速。
次々と前を行く馬を飲み込んでいく。
まるで他馬が止まっているかのような錯覚。
ダート戦とは思えない異次元の末脚。
気がつけば――先頭。
そのまま後続をねじ伏せ、堂々の差し切り勝ちを収めた。
このレースが衝撃的だったのは、その“インパクト”だけではない。
記録面でも、極めて優秀な内容だった。
勝ち時計は1分50秒2。
そして上がり3ハロンは35秒2。
この数字がどれほど凄いのか。
過去10年のダート1800mにおいて、
「勝ち時計1分50秒2以内」かつ「上がり3F35秒2以内」を記録した馬は――
わずか1頭。
・アメリカンシード(オープンクラス、平安ステークス2着)
それだけの領域に、マテンロウブレイブは足を踏み入れたのである。
つまりこの勝利は、単なる“展開ハマり”ではない。
能力そのものが、上のクラスで通用する可能性を示した内容だった。
この一戦で、一気に注目を集める存在となったマテンロウブレイブ。
しかし興味深いのは、その勝ち方である。
これまでの勝利も、後方からの豪脚による差し切り。
つまりこの馬は、“横山典弘のスタイルに完璧にマッチするタイプ”と言える。
・無理に位置を取りに行かない
・脚を溜めることに徹する
・最後に全てを爆発させる
この戦法がハマる馬は限られる。
だがマテンロウブレイブは、その条件をすべて満たしている。
言い換えれば――
「横山ぽつんを成立させるために生まれてきたような馬」
それほどまでに、両者の相性は抜群だ。
現代競馬において、ここまでスタイルを貫く騎手は多くない。
勝つために効率を求めるのが一般的な中、
横山典弘は“馬のリズム”を最優先にする。
その結果、時には批判を浴びることもある。
しかしそれでも、自らの信念を曲げることはない。
そして今回のように――
全てを黙らせる圧勝劇を見せる。
これこそが、トップジョッキーであり続ける理由だろう。
今回の勝利で、一気に名を上げたマテンロウブレイブ。
そして、その能力を最大限に引き出した横山典弘。
このコンビは、今後さらに大きな舞台へと進んでいく可能性を秘めている。
条件戦を突破し、オープンクラスへ。
そして重賞戦線へ――。
その時、再び「横山ぽつん」が炸裂するのか。
競馬ファンに歓声と悲鳴をもたらす、この唯一無二の戦法。
そして、それを体現する名手と新星。
横山典弘 × マテンロウブレイブ
このコンビから、しばらく目が離せない。

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