
【有馬記念】武豊がまりえ記者に語った故松本好雄オーナーへの思いと決意 メイショウタバルと「今年はバシッと決めたい」 | 競馬ニュース・特集なら東スポ競馬
日本競馬界が誇る、生ける伝説──武豊。
その名を聞いて、数々の名馬の姿を思い浮かべるファンは多いだろう。
サイレンススズカ。
スペシャルウィーク。
そして、無敗の三冠馬ディープインパクト。
武豊という騎手のキャリアは、常に“時代を象徴する馬”とともにあった。
なかでもディープインパクトは、競馬という枠を超え、一つの文化となった存在だ。
圧倒的な末脚。
他馬を置き去りにする異次元の加速。
誰もが「別格」と認めた、スーパーヒーロー。
しかし、2006年秋。
凱旋門賞での失格という、あまりにも衝撃的な結末を迎える。
その年限りでディープインパクトはターフを去り、有馬記念を最後に引退した。
一つの時代が、静かに幕を下ろした瞬間だった。
――そして、それからおよそ4週間後。
2007年1月20日。
京都競馬場、芝1800メートル。
3歳新馬戦。
11頭立ての、決して目立つことのない一戦。
この時点で、多くの競馬ファンはまだ、このレースに特別な意味を見出していなかった。
しかし、この日。
武豊の背中には、ある一頭の若駒がいた。
オーシャンエイプス。

8馬身差の衝撃デビューに武豊は「追えば飛ぶかもしれない」…あの“消えた天才”サラブレッドが「ディープ級」の期待を背負いつづけた理由 – 競馬 – Number Web – ナンバー
ゲートが開く。
4番枠から、ゆっくりとしたスタート。
無理に出していかない。
中団の外目、先頭からはおよそ5馬身。
持ったまま、3コーナーへ。
そして、武が軽く手綱を促した瞬間――
進路は大外へ。
次の瞬間だった。
一気に加速。
後続との差が、みるみるうちに開いていく。
気がつけば、8馬身差。
派手なアクションはない。
歓声が爆発するような演出もない。
だが、確かに“何か”を感じさせる走りだった。
静かで、鮮烈なデビュー。

8馬身差の衝撃デビューに武豊は「追えば飛ぶかもしれない」…あの“消えた天才”サラブレッドが「ディープ級」の期待を背負いつづけた理由 – 競馬 – Number Web – ナンバー
レース後、武豊はこう語った。
「追えば、飛ぶかもしれない」
それはかつて、ディープインパクトを評した言葉。
ファンの脳裏に、否応なくあの黒鹿毛の姿が重なる。
――次代のディープではないか。
オーシャンエイプスは、一躍注目の存在となった。
次走に選ばれたのは、きさらぎ賞。
通常なら500万下を挟んでも不思議ではないキャリア。
しかし、陣営は迷わなかった。
“飛び級”での重賞挑戦。
追い切りに騎乗した武は、再び口にする。
「これは本物」
「この馬も、飛べる素材」
期待は、いつしか確信へと変わっていった。
迎えた、きさらぎ賞当日。
オーシャンエイプスは単勝1.3倍。
圧倒的な一番人気に支持される。
レースは後方の外目から。
マイペースで進み、3コーナーから徐々に進出。
4コーナーでは、3番手。
先頭はアサクサキングス。
直線に向いたとき、差は3馬身。
あとは――飛ぶだけだった。
しかし。
前との差は、縮まらない。
期待されたあの爆発的な加速は、最後まで現れなかった。
内の馬に競り落とされ、
さらに外から差される。
結果は4着。
勝ったアサクサキングスから、0秒6差。

8馬身差の衝撃デビューに武豊は「追えば飛ぶかもしれない」…あの“消えた天才”サラブレッドが「ディープ級」の期待を背負いつづけた理由(3/3) – 競馬 – Number Web – ナンバー
その敗戦は、数字以上に重く受け止められた。
なぜなら、期待があまりにも大きすぎたからだ。
その後も、勝ち切れない時期が続く。
3連敗。
そして、3連勝。
確かに、才能はあった。
しかし、GⅠにも、重賞にも、手は届かなかった。
周囲がディープと重ね、
過剰な期待をかけたがゆえに、
そのキャリアはどこか尻すぼみに映ってしまった。
それでも――
オープンクラスまで駆け上がり、
通算でおよそ9,000万円の賞金を獲得。
紛れもなく、実力馬だった。
武豊が「飛ぶ」と評した逸材。
オーシャンエイプスは、期待されたほどには飛べなかった。
だが、あの日の新馬戦。
あの一瞬の加速。
確かに“夢”は存在していた。
そして今もなお、競馬ファンは思う。
武の口から、再びあの言葉が語られる日は来るのだろうか。
「追えば、飛ぶかもしれない」
その一言が、再びターフにロマンを呼び起こす日を。
私たちは今日も、その瞬間を待ち続けている。

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