競馬界の闇――「スシトレインの再来」

競馬の闇

黒竹賞というレースが呼び起こす記憶

今週土曜、中山競馬場で行われる黒竹賞。
古くから続く3歳ダート路線の伝統ある特別戦であり、後の重賞馬やダート路線を担う存在が数多くここから羽ばたいてきた。

このレース名を聞くと、今でも思い出してしまう一頭がいる。
2000年代前半、ダート界に突如として現れ、そして忽然と消えた怪物候補――スシトレインである。


第二のエルコンドルパサーと呼ばれた馬

エルコンドルパサー|名馬メモリアル|競馬情報ならJRA-VAN

スシトレインは外国産馬であり、馬主・厩舎ともにエルコンドルパサーと同じ。
その血統背景と陣営の布陣から、デビュー前から「第二のエルコンドルパサー」と称され、当時の競馬ファンの期待を一身に集めていた。

そして迎えたデビュー戦。
その走りは、まさに“期待以上”という言葉がふさわしい内容だった。


衝撃のデビュー戦

2002年11月、中山ダート1800m。
スムーズなスタートから道中は3、4番手を追走。終始外を回る形でレースを進めるという、決して楽ではない競馬だった。

しかし4コーナーで先行勢が苦しくなると、スシトレインは悠々と先頭へ。
直線では追い出されると同時に後続を突き放し、気がつけば9馬身差の大楽勝だった。


数字が物語る異常な強さ

驚くべきはその内容だけではない。
勝ち時計は、翌日に行われた2歳未勝利戦より3秒も速く、さらに同日の3歳1勝クラスと同タイム。
まだキャリア1戦目の2歳馬が、である。

「とんでもない馬が出てきた」
競馬ファンの間に、そんな衝撃が走ったのは言うまでもない。


黒竹賞で完成された「砂の怪物」

そして年が明け、2003年1月。
舞台は再び中山、黒竹賞。

この一戦で、スシトレインはさらに評価を高めることになる。
好スタートを決めると、序盤から堂々と主導権を握り、終始自分のペースでレースを支配。

直線に入ってもムチを使われることはなく、手応え十分のまま後続を突き放していく。
ゴール前、差は10馬身。
2戦連続の圧勝劇に、競馬ファンは完全に酔いしれた。


世界を見据えた陣営の期待

「砂の怪物誕生」
そんな言葉が自然と飛び交い、ファンだけでなく関係者の期待も一気に膨れ上がった。

その圧勝ぶりからドバイへの招待の話も持ち上がったが、これを断り、陣営はアメリカ遠征を計画する。
世界を見据えたローテーション。それほどまでに、スシトレインは特別な存在だった。


運命を分けたヒヤシンスステークス

しかし――
競馬とは、残酷な世界である。

3戦目、ヒヤシンスステークス。
ここでスシトレインは、後にジャパンダートダービーを制するビッグウルフと対峙する。

結果は、まさかの大差シンガリ負け。
これまでの圧勝が嘘だったかのような、見る影もない内容だった。


崩れ落ちていった歯車

この一戦を境に、スシトレインは完全に歯車が狂ってしまう。
走る気を失ってしまったのか、それとも別の原因があったのか。

その後は大敗を重ね、勝利どころか掲示板に載ることすら叶わなかった。
そして、わずか2勝のみで現役を引退。
その後は乗馬となり、ターフを去ることになる。


真相は今も闇の中

なぜ、あれほどの馬が急激に凋落したのか。
勝った2戦は単に相手関係に恵まれていただけなのか。
それとも精神面、あるいは肉体面に何らかの異変があったのか。

その真相は、今も分かっていない。


「スシトレインの再来」という呪縛

ただ一つ確かなのは、スシトレインという存在が、競馬界に強烈な“記憶”を残したということだ。

その後、ダートで初戦や次戦を圧勝する馬が現れるたび、
「スシトレインの再来ではないか」
そんな不安の声が必ず上がるようになった。

そして大敗すれば、
「やはりそうだったか」
と語られる。

【3歳1勝クラス中山6Rレース後コメント】ナルカミ戸崎圭太騎手ら | 競馬ニュース – netkeiba


忘れられない一頭

ツインターボの再来と呼ばれる逃げ馬がそうであるように、
スシトレインは“圧勝からの凋落”を象徴する代名詞となってしまった。

スシトレインの圧勝劇と、その後の急転直下の運命。
それは今なお、競馬ファンの記憶に深く刻まれている。

競馬界の闇――
「スシトレインの再来」

彼の残した謎は、今も解き明かされていない。
だからこそ、黒竹賞の季節になるたび、私たちは思い出してしまうのだ。
あの圧倒的な強さと、儚すぎた結末を。

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