――10月。
秋の陽が差し込む京都競馬場。
薄く霧のかかる朝のターフに、観客の息を呑むような静けさが漂っていた。
そしてその静寂を破るように、またひとつの歴史が塗り替えられる瞬間が訪れた。
京都5R・メイクデビュー京都。
新馬たちが初めて芝を駆け抜けるその舞台で――。
たった一頭の2歳牝馬が、歴史を変える“走り”を見せつけた。
その馬こそ、マーゴットラヴミー。
デビュー戦にして2歳コースレコードを更新した、“レコード娘”である。

◆ 静寂を切り裂く、完璧なスタート
ゲートインの瞬間、張り詰めた空気が一気に高まる。
マーゴットラヴミーは、わずかに身を沈めるようにしてスタートを切った。
道中の前半3ハロンは34秒8。
ペースとしては決して速くはない――むしろ“スロー”に分類される展開だ。
逃げたのはナオミニオールイン。
マーゴットラヴミーはその直後、2番手の絶好位でじっと我慢を続けていた。
まだ2歳の新馬が見せるには、あまりにも落ち着いたレース運び。
この“我慢”こそが、レース巧者にしかできない芸当だった。
無理に動かず、焦らず、淡々と前を追う。
折り合いを完璧につけながら、鞍上の指示を待つその姿には、
まるで経験豊富な古馬のような落ち着きすら感じられた。
◆ 解き放たれた瞬間 ― “1分20秒2”の衝撃
直線に向くと、鞍上の軽いアクションにすぐさま反応。
マーゴットラヴミーは、まるでスイッチが入ったかのように一気にギアを上げた。
その加速は、滑らかで、しかも鋭い。
力任せではなく、まるで舞うようなフォームで後続を置き去りにしていく。
残り100メートル――差は2馬身。
余力を残したまま、しなやかにゴールへと駆け抜けた。
そして掲示板に灯る数字。
「1分20秒2」。
その瞬間、スタンドがざわめいた。
関係者たちが目を見開き、驚きの声が漏れる。
これは、2014年11月24日・ムーンエクスプレスが打ち立てた
2歳コースレコード「1分20秒5」を、
0秒3も上回る圧倒的な新記録。
実に――11年ぶりの快挙。
長い年月を経て、再び京都競馬場の芝1400メートルに新たな歴史が刻まれた。

◆ 数字が示す“異常値”
記録的な走破時計。
だが、このレースが衝撃的なのは、それだけではない。
上がり3ハロン――33秒4。
この数字が、どれほど異常なものか。
全世代を見渡しても、京都1400メートルでこの数字に並ぶ馬はほんのわずか。
過去の該当馬を挙げれば、
サトノアラジン、ダノンスマッシュ、タワーオブロンドン、ママコチャ。
いずれもGⅠの舞台で栄冠をつかんだ名馬たち。
その並びに、まだデビューしたばかりの2歳牝馬が加わる――。
この事実だけでも、どれほど異次元の走りだったかが分かる。
さらに驚くべきは、同日の京都9R・2勝クラスの勝ち時計。
マーゴットラヴミーのほうが、わずか0.1秒速かった。
つまりこの日、彼女はキャリア豊富な古馬たちと肩を並べ、
いや、それを上回るタイムで走り抜けたということになる。
単なる「早熟」や「時計の偶然」では説明がつかない完成度。
その走りは、まさに“規格外”という言葉がふさわしい。
◆ 血統が導いたスピードの宿命
この“完成度の高さ”には、明確な理由がある。
マーゴットラヴミーの母はアメリカ生まれ。
米国血統らしい、スピードと早熟性を色濃く受け継いでいる。
米国の芝は軽く、テンポの速いレース展開が多い。
そのスピード感覚を持つ血が、日本の芝に適応したとき――
圧倒的な初速と切れ味を生む。
それが、このデビュー戦にして“完成された走り”につながったのだろう。
しかもレースを終えたあとも、彼女の表情には余裕があった。
荒い息遣いを見せることもなく、目にはまだ“燃える炎”が宿っていた。
走り終えたというより、「まだ走れる」。
そう言わんばかりの静かな闘志。
その姿に、鞍上も驚きの笑みを見せたという。
◆ “11年ぶりの衝撃”が示す未来
デビュー戦で2歳レコードを更新することは、極めて稀だ。
特に、京都芝1400メートルという舞台でそれを成し遂げた例は、
過去10年を振り返ってもほとんど存在しない。
つまり――マーゴットラヴミーのこの走りは、
「ただの好走」ではなく、“事件”そのものだった。
速い時計を出す馬は多い。
だが、その時計に「意味」を持たせる馬はごくわずかだ。
テンの速さ、折り合い、直線の加速、そしてフィニッシュまでの無駄のなさ。
その全てが、まるでプロトタイプのように完成されていた。
だからこそ、このレコード更新は“偶然”ではなく“必然”。
その血と才能が導いた結果だと言えるだろう。
◆ そして物語は続く――
新馬戦で歴史を塗り替えた“レコード娘”。
その名は、すでにファンの記憶に深く刻まれた。
だが、この物語はまだ始まったばかりだ。
2歳にして異次元の時計。
完成度の高さと、スピードの純度。
そして、見え隠れする“さらなる伸びしろ”。
次走、彼女がどんな走りを見せるのか――。
その瞬間を待ち望む競馬ファンの期待は、日に日に高まっている。
秋の京都から、冬、そして春へ。
クラシックの季節を迎える頃、
この馬の名が再び語られることになるかもしれない。
マーゴットラヴミー。
11年ぶりの記録を塗り替えた、その走りは――
まさに“歴史的快挙”と呼ぶにふさわしい。
そして、こう締めくくりたい。
――“レコード娘”の物語は、まだ終わらない。


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