新馬戦から規格外だった名馬たち

名馬伝説

時計と記録が証明する「本物」の衝撃

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競走馬としてデビューし、
新馬戦の勝利だけでファンの心を奪ってしまう馬がいる。

まだ何者でもない。
重賞も、タイトルも、実績もない。

それでもターフを去るころには
「あの日の新馬戦から違った」
そう語り継がれる存在になる。

強い勝ち方というものは、確かに目で見れば分かる。
楽な手応え、突き放す脚、次元の違う伸び。

しかしそれが歴史的にどれほど異常だったのかは、
数字やラップを知らなければ本当の意味では理解できない。

そこで今回は、
時計・ラップ・過去の記録という観点から、
後に時代を作ることになる名馬たちの
“デビュー戦の凄さ”を改めて振り返ってみたい。


セイウンスカイ

1998年1月5日 中山芝1600m 新馬戦

その年の二冠馬。
そして菊花賞では39年ぶりとなる逃げ切り勝ちを成し遂げ、
多くのファンに愛された名馬、セイウンスカイ

彼のキャリアは年明けの新馬戦から始まった。

スタートはまさかの大外、16番枠。
中山1600mといえばスタートからコーナーまでが短く、
内枠・先行が絶対的に有利とされる舞台だ。

常識的に考えれば、外枠の時点で割引。
ましてや新馬。経験もない。

だがセイウンスカイは違った。

好スタートからスッと2番手へ。
折り合いも完璧。
そして3コーナーでは自ら動いて先頭に立つ。

直線に向いた時、
鞍上はまだ追っていなかった。

持ったまま、余裕のまま、
後続との差はみるみる広がっていく。

ゴール板を過ぎた時、
2着との差は1秒

圧勝という言葉では足りない。
支配、という表現が近いかもしれない。

さらに恐ろしいのはここからだ。

日本競馬の長い歴史の中で、
中山1600m・16番枠から出走し、2着に1秒以上差をつけて勝利した馬は、セイウンスカイしかいない。

展開、枠順、コース形態。
その全ての不利を跳ね返しての圧倒劇。

つまりこの時点で、
既に能力が世代の基準を大きく上回っていたことになる。

後の皐月賞、日本ダービー2着、
そして菊花賞の歴史的逃走劇へ。

あの名馬の片鱗は、
デビューの日から明確に示されていた。


ミホノブルボン

1991年9月7日 中京芝1000m 新馬戦

続いて紹介するのは、
栗毛の超特急、ミホノブルボン

後に無敗でクラシック二冠を達成する怪物だ。

しかし彼のデビュー戦は、
決して順風満帆な内容ではなかった。

スタート直後、ダッシュがつかない。
気が付けば後方。

舞台は1000m。
取り返しのつかない位置取りである。

普通の馬ならここで終わる。

だが直線。

そこから見せた脚は、
まさに電光石火だった。

一完歩ごとに差が縮まり、
最後は1馬身突き抜けてゴール。

着差以上に、能力差を見せつける勝利だった。

そして数字を見てみよう。

勝ち時計 58秒1
上がり4ハロン 45秒7

90年代、数多くの快速馬が新馬戦に挑んだが、

・勝ち時計58秒1以内
・上がり4ハロン45秒7
・4コーナー4番手以下

この条件を満たして勝利した2歳馬は、
ミホノブルボンしか存在しない。

つまり展開不利を受けながら、
歴史的な水準の時計で差し切ったということだ。

これは偶然ではない。
この時点で、すでに“異常”だったのである。

後の皐月賞、日本ダービーでの逃走。
坂路で鍛え上げられた圧倒的なスピード。

その全ては、
デビュー戦に答えがあった。


数字が語る「本物」

競馬に絶対はない。
時計が全てでもない。

展開、馬場、気性、成長。
様々な要素が絡み合う。

しかし、
歴史を塗り替える馬というのは、
やはりどこかで常識を壊している。

枠順の不利を無視する。
位置取りの不利をねじ伏せる。
過去の基準を一頭だけ飛び越える。

それが、後の名馬だ。

新馬戦はただの一勝かもしれない。
だがそこには、
未来のG1、未来の伝説へと続く
確かな伏線が隠れている。

「あの日から違った」

ファンのその言葉は、
感覚ではなく、
記録という裏付けを持って存在しているのだ。

時計を調べること。
ラップを追うこと。
歴史と比較すること。

それによって、
過去の名馬たちの凄みは
何倍にも深く、面白くなる。

そして今走っている若駒たちの中にも、
きっと同じ“異常値”を出している存在がいる。

それを見つけ出す瞬間こそ、
競馬の醍醐味なのかもしれない。

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