9月、中山競馬場。
秋の気配が漂い始めたターフに、ひときわ小さな馬体が力強い輝きを放った。
その名は――ラヴノー。

父は日本のマイル王・モーリス。
母は、遠く南米アルゼンチンからやってきた快速牝馬、フィールザレース。
まさに「日本と南米の血が交わる一頭」である。
◆ アルゼンチン血統の異色さ
日本の競馬ファンにとって、アルゼンチン血統は決して身近ではない。
ヨーロッパ血統やアメリカ血統は頻繁に耳にするものの、南米はまだまだ“未知”の領域だ。
しかし母・フィールザレースは、現地アルゼンチン競馬において確かな足跡を残した存在だった。
彼女はアルゼンチン競馬最大の祭典とも言われる「エストレジャス大賞」を制した名牝。
同レースは日本で言うならばブリーダーズカップのような格式を誇る大舞台である。
その舞台を制したフィールザレースは「名スプリンター」として南米にその名を刻んだ。
その血が、日本の地でどのように花開くのか。
ラヴノーの存在は、まさにその問いへの答えを示す役割を担っている。

◆ 小柄な馬体、406キロの牝馬
ラヴノーの馬体重はわずか406キロ。
日本のサラブレッドとしてはかなり小柄な部類に入る。
大型馬が圧倒的なストライドで勝負する現代競馬において、この数字は“ハンデ”とすら思えるほどだ。
だが競馬において、馬体の大小は必ずしも強さを決める要素ではない。
小柄であっても、柔らかさ・俊敏さ・血統的な爆発力を秘めている馬は数多く存在する。
ラヴノーもまた、その一例となった。
◆ 9月14日、中山競馬場での初陣
迎えたのは2025年9月14日(土)、中山4Rの2歳未勝利戦。
ゲートに収まったラヴノーは、スタートの瞬間から違った。
――矢のような飛び出し。
ためらいなくハナに立つと、道中は折り合いを欠くことなくリズム良く逃げる。
小柄な馬体が芝の上を軽やかに駆け、力みのないフォームで先頭を譲らなかった。
そして迎えた最後の直線。
外から他馬が並びかけてきたその瞬間、ラヴノーの脚はもう一段ギアを上げた。
メンバー中最速となる上がり33秒9。
逃げ馬でありながら、差すように加速する異次元の走り。
結果、後続を5馬身突き放す圧勝劇となった。

◆ 勝ち時計1分09秒1の価値
このレースの勝ち時計は1分09秒1。
さらに上がり3ハロンは33秒9。
実はこの数字の持つ意味は非常に大きい。
過去10年、中山1200mの芝レースにおいて、
「1分09秒1以内、かつ33秒台の上がり」で走破した馬は――
わずか24頭しか存在しないのだ。
しかもその中には、2歳戦・3歳戦・古馬戦のすべてが含まれている。
つまり、世代を問わず“ほんの一握りの馬しか到達できない”希少なタイムということになる。
デビュー戦でこの領域に到達したラヴノーは、
記録の上でも特別な存在であることを示した。
◆ 南米の血が示すもの
母フィールザレースはアルゼンチンの名スプリンター。
その快速の血を、日本のターフで鮮やかに体現したのがラヴノーだった。
小さな体に宿る爆発的なスピード。
逃げながらも差すような脚を繰り出す矛盾を超えた走り。
その姿はまさに「南米駿女」と呼ぶにふさわしい。
◆ グローバル化する競馬の象徴
競馬は今、年々グローバル化の波が押し寄せている。
日本馬が欧州・中東・アメリカの舞台で活躍するように、
血統の流入もまた国境を越えて広がっている。
ヨーロッパのスタミナ血統、アメリカのスピード血統、
そして南米の個性豊かな血。
それらが交わり、新しい才能が次々と生まれていく。
ラヴノーの存在は、その象徴といえるだろう。
アルゼンチンから日本へ。
その血の旅路が、日本のターフで新たな物語を紡ぎ始めたのだ。
◆ 今後への期待
デビュー戦で見せた走りは、単なる偶然ではない。
数字がそれを裏付けている。
「24頭しか到達できない領域」に刻まれた記録は、
彼女の潜在能力の証明に他ならない。
小柄ながらもスピードにあふれたラヴノーが、今後どのような進化を遂げるのか。
牝馬路線で輝くのか、あるいはスプリント路線で名を馳せるのか。
競馬ファンなら誰もが、その未来に期待を寄せずにはいられない。
◆ 終わりに
406キロの小さな体で、日本のターフを駆け抜けたラヴノー。
その走りは、南米からの贈り物が確かに息づいていることを示していた。
歴史が交わり、世界が繋がる舞台――競馬。
その壮大な物語の新たな1ページを、ラヴノーは鮮やかに彩った。
南米駿女。
ほんの一握りの馬しか到達できない記録を残したその名は、
これからますます多くの人々の記憶に刻まれていくだろう。
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